Kito at 90
Just Getting Started

株式会社キトーは創業90周年を迎えました

はじまりは1932年11月8日、東京・大森の小さな工場から。
以来90年にわたり、ホイスト・クレーンのトップブランドとして地位を築いてきました。
これまでの感謝を胸に、これからも事業を通じて
社会の持続的な発展に貢献すべく、
キトーはすべてのお客様に、さらなる満足と感動をお届けしてまいります。

1932

キトーのはじまり

キトーの前身である「鬼頭製作所」は1932年、東京・大森の小さな工場からスタート。創業者の鬼頭美代志は、当時20代の若者でした。数台の旋盤やフライス盤が置かれた小さな工場でしたが、6名の社員も数年後には10名と、会社の規模や取り扱う製品は、徐々に大きくなっていきました。

もっと詳しく見る

1934

チェーンブロックとの出会い

創業当時のキトーは、ウインチ、プレートコンベア、ポンプなど陸軍からの受注が中心でした。チェーンブロックの生産に乗り出したのは、1934年のこと。欧米からの輸入品が主流だったなか、高品質な国産品の誕生は日本のものづくりの現場から重宝されたことでしょう。

1939

巻上機の生命線

鎖の最新鋭の設備「ベンダー(自動鎖曲げ機)」と「ウェルダー(自動鎖溶接機)」がドイツから横浜港に到着。キトーが日本で初めて輸入したものです。現在の価値に換算することはむずかしいのですが、会社の明暗を分けるほどの高額投資だったことは間違いありません。それでも導入に踏み切ったのは、チェーンブロックの良し悪しは、鎖の完成度が生命線だったからです。

1949

ものづくりの実力を養う

終戦後の混乱の中で経営が厳しかった時期には、なんと双眼鏡を作っていたことも。もしかすると、今とは全く違った業態になっていたかもしれません。他には自転車のハブ、鋤簾(鍬のような道具)なども製作。試行錯誤をしながらも、ものづくりの実力を高めていったことが、チェーンブロックやレバーブロックのヒットにつながりました。

1969

キトーイエロー

すっかりおなじみの「キトーイエロー」。その誕生は1969年。奇しくも、アポロ11号が人類初の月面着陸に成功したのと同じタイミングでした。この年を境にキトーのコーポレートカラーは黄色になりました。もちろん、お客様の使用環境に応じて、白や水色、ピンク色と七変化することもあります。

1949

アフターサービスの先駆け

時代に先駆けて始めたのが、製品を安全にお使いいただくために不可欠なアフターサービス業務。レバーブロック発売から間もない1949年、車一台でスタートしました。主要ユーザー層だった炭鉱を巡回し、正しい使い方や修理方法をレクチャーしつつ、現場の作業者の意見を聞き取って製品の改良につなげました。

1951

米国市場を視察

創業者の鬼頭美代志が、初めて渡米。自動車、工作機械メーカーなど40社以上を視察し、特に強い印象を受けたのは鎖のメーカー。「チェーンブロックの命は鎖であり、米国製の優秀な製品を見て、私は全社をあげて鎖との戦いを始めようと思った」と語り、生涯をかけた鎖研究のきっかけとなりました。

2016

オールキトーの逸品

キトーが独自に設計・開発したワイヤロープホイストRY形が誕生。グローバル市場での活躍を願って、Rope hoistの「R」、Yearn(切望する)の「Y」を取ってRYと名付けました。チェーンブロックで実績を重ねてきた独自の技術を余すことなく詰め込んだRY。日本で設計、中国で生産、アメリカで組立と、オールキトーの逸品です。

2017

除夜の鐘

人には百八つの煩悩があると言われ、その煩悩をはらうために除夜の鐘をつく回数は108回とされているようです。茨城県竜ケ崎市にある来迎院の新しい梵鐘の設置にキトー製品が使われました。重さ750kgの梵鐘は、37代小田部庄右衛門さんの手で6か月ほどかけて完成されました。

1938

特定セル製品と特定セザル製品

「特定セル製品(標準品)と特定セザル製品(特殊仕様品)を共に大切にせよ」。創業者の鬼頭美代志が、後世の社員たちに残した言葉です。市場が求める製品は決して一つではない。規格化した製品とともに、特殊なニーズにも柔軟に対応すべきである。いつの時代も、こうした仕事に対する心構えを大切にしてきました。

2017

重量物も人の力でラクラク

チェーンブロック・マイティをベースに開発された、モータ付き手動チェーンブロック。人の力で50トンも吊り上げることができる優れもの。とりわけ重量物を運ぶ作業で活躍します。写真は、鹿児島県伊佐市を流れる川内川に架かる曾木大橋。老朽化により撤去作業が進められています。

2017

後世に引き継ぐ大切な作業

2014年に世界遺産登録された富岡製糸場。国宝「西置繭所」の建屋は、南北に104.4メートルの長さがあり、4本のレーンそれぞれに取り付けられたキトー製品が保存修理工事に使われています。4万9千枚以上の瓦を一枚一枚取り外して、状態を確認。再利用できるものはできるだけ使って、元の姿へと戻されるようです。

2018

溶接チャンピオン

第51回山梨県溶接技術競技大会の「炭酸ガスアーク溶接の部」で優勝しました。その年の秋、山梨県を代表して全国大会に出場。残念ながら入賞は逃しましたが、各都道府県を代表する大手企業の精鋭たちと、肩を並べて競技できたことは、とても刺激になりました。(中澤 由起也)

1975

愛称はファルコン

開発から40年以上にわたり、世界中のお客様から愛された電気チェーンブロックEF形。惜しまれながらも2018年3月29日、最後の組立となりました。1980年代には、国内・海外向けを合わせて、13,000台が出荷され、キトーの基幹製品の代表として、グローバルで活躍しました。

2015

ドラマの小道具

キトーの製品をテレビで見かけることは、珍しくありません。工場や建設現場に限らず、屋内でも屋外でも、重量物を扱うシーンの上方には、きっと、キトーの製品が・・・。

1959

初代キトーマイティ

手動のチェーンブロックとして、初めて焼き入れチェーンを採用した「キトーマイティ」。1959年3月に市場デビュー。マイティの誕生でキトーの代名詞「鎖のキトー」の印象がさらに色濃くなりました。

1964

日本の高度成長期を支えるレバーブロック

東海道新幹線が開業したのは1964年10月。東京から大阪を結ぶ高速鉄道の誕生です。新幹線のレールは在来線の約4倍、1本200メートルもあります。技術開発力を買われたキトーは、当時の国鉄からレール敷設の相談を受けて、見事成し遂げました。

1961

キトー初のクレーン誕生

1961年、ホイストからクレーンまで一式で納めて欲しいとの要望を受けて、「簡易走行クレーン」の開発に成功。キトーは2年後の「両端駆動式簡易クレーン」の開発を皮切りに、クレーン事業にも本格的に参入。写真は、がん治療センターに納めたエンドレステルハ。直径20メートルの円形レールが特徴的です。

2017

誰もが働きやすい企業を目指して

障がい者の雇用管理や雇用環境の改善など、キトーにおけるさまざまな取り組みが評価され、平成29年度「障害者雇用優良事業所等の厚生労働大臣表彰」において、障害者雇用職場改善好事例の最優秀賞(厚生労働大臣賞)を受賞しました。